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ODISHA JAPAN FESTIVALとは

インドを愛し、インドを拠点に音楽活動するロックドラマー、宮原 ナチョス 剛が代表を務めるNPO法人「JAPAN INDIA CLUB」が主催するインドで行われるフェスです!

宮原 ナチョス 剛

 

そもそもなぜインドなのか

ことの発端は宮原が2014年9月に単身いインドへタブラ修行へ行ったことが始まりです。
当時ドラムの他にもう一つ武器を身に着けたいと思ってた宮原は2013年、渋谷、代々木公園で毎年開催されているナマステインディのステージで義理の姉がインド舞踊のカタックダンスを見に行ったのが始まりでした。そのステージのバックで鳴り響いていたタブラの音に魅了されインド修行へ行くこと決心し、その一年後、全てをかけてインドへ渡りました。渡印です。

初めて到着したインドは強烈だった。。。

後にこれが宮原の人生を大きく左右する事を宮原自身も気づいていませんでした。そしてこの選択は大正解だっと後々大正解だったと知ることとなるのです。

その当時一緒にタブラを習っていたBIG.Kさんと同じ時期に滞在していた宮原の友達たち

HISで飛行機予約してプリーを目指す‼‼
これが第一関門であった私は家族に空港まで見送ってもらい、寂しさを見せるわけにはいかないので、明るく振舞うしかなく。この気合だけで駆け抜けてきた一年の成果を何が何でも掴んでやるという気合で皆とさよならしてデリーへ向かいました。

デリー経由で翌朝、プリーの最寄りの空港があるブバネシュワルまで向かいます。
夕方にデリーに到着したので、プリーでタブラが買えるかわからないと思った宮原はデリーの町へ大きな荷物を持ってタブラを買いに行くことにしました。
そこで初めてインドの地に出たのです。

なんじゃこりゃー

空港の中のお店でタブラを売っている場所を聞くと、どうやらニューデリーへ行かないといけないらしいということに。。この荷物を持って(30キロくらい)、、、行くしかないなと決めた宮原は空港からエアポートメトロに乗り、ニューデリーへ向かいました。

デリーの空港についたときに、インドの旅行書、地球の歩き方を家に忘れてきた‼ということに気が付くも時すでに遅し。宮原は右も左もわからないままサイクルリキシャ(人力車)のおじちゃん空港教えてもらった場所を伝え、リキシャに乗りました。
そこから見えた景色、熱量、活気、、、これは今でも忘れません。すさまじかったのを覚えています。
みんな滅茶滅茶力強く生きていて、なんかマジ。。一人も余裕こいて生きている人がいないなと思った印象があります。車の量、クラクションの音、人々の声、全て日本にはない事ばかり。その時点で圧倒されたのと同時に、なんかわくわくしたのを覚えています。

楽器屋でタブラを買う!!!

おじちゃんに外で待っててもらい、お店に入るといくつもタブラを出してもらったのですが、どれがいいのかもわからず、とりいそぎ一番安い練習用というのを購入してすぐにリキシャに戻りました。
おじいちゃんはまた帰りもこの大きな荷物と大男を乗せてニューデリーまで文句ひとつ言わず時には自転車を降りて押しながら無事に送り届けてくれました。
値段の相場とかわからないけど、僕はその時におじいちゃんと相談して決めた金額を渡して、サンキューといってまた空港に戻りました。

翌日、いよいよブバネシュワルへ(プリーの近くの空港)

いよいよ高鳴る動悸をおさえてプリーのサンタナロッジに到着しました。ゲストハウスとか今まで止まったことがなかったので、こういうところなのか!なんてのどかな町なんだ!犬も沢山いるぞ!!というとにかく目に映るものすべてが新鮮でした。ついたのは9月の下旬でしたが、デリーの蒸し暑さとはまた違い湿気を感じるけど、風が吹くと気持ちがいい(海からの風!)感じですごく田舎のリゾートに来た感じでした。
実はインドに来る前日に偶然にもナマステインディアが開催されていて行ったのですが、そこでこれからお世話になるサンタナグループがブース出展しているという事がわかり、ご挨拶に行ったわけなんです。そこで、今もお世話になっているファクナさんや坂本さんにもお会いできて、

いつも力を貸してくださるクンナさん

「明日からプリー行くんです!」
『えー!そうなの!じゃあ 僕のお兄さんいるから会うといいよ!』
っとファクナさんがお兄さんのクンナさんの名刺を僕にくれました。
それを頼りに宮原はクンナさんがいるところに向かいました。

ファクナさんもクンナさんも日本語が本当に流暢で驚きました。そして本当に優しい。。今では家族の様にして頂いていています。
クンナさんとお話して、ヨガの先生を呼んで頂けることになり、そのついでにヨガもやったらどうですか?ってことでタブラとヨガの生活が幕を開けました。これが楽しい生活の始まりです。

忙しい毎日だけど楽しい

タブラはリンガラージ先生という方に教えていただき、素晴らしい先生でした。色々なことを先生から学び、師匠と呼べる人がインドに出来たことを本当にうれしく思っています。

リンガラージ先生とはその後もご縁があり、今は一緒に音楽学校もしています。
その名も
【NO PROBLEM INTERNATIONAL MUSIC SCHOOL】です。

何故ノープレブレムなのか!
それはリンガラージ先生がよく僕に言ってくれていた言葉で、僕もその言葉に何度となく励まされて来たからこの名前を学校名に付けました。

 

 

 

 

 

インドと日本の関係を新しい形でもっと強く!

2014年から一年に一度、
インド、オリッサ州プリーにて日本人のミュージシャンを呼び、
ロックフェスを開催してきました!
(旧:PURI ROCK FEST)

初めは集客15人だったこのイベントが、
今は最大集客27,000人にまでに及び
皆様のお陰で大きく進化したイベントとなりました!

 

インドと日本の文化交流を!

2014年当時からこのフェスの売り上げを
現地の日本語教育を行っている学校に寄付しています。

扇風機、楽器、洗濯機、日本語教育を目的とした下敷き等も寄与しています。

寄与先の学校の学生たちはヒンディー語、英語、オリア語、日本語を学んでいます!

 

 

日本のミュージシャンはかっこいい!

 

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