ガラスの膝と僕が出会って15年

面白い事とはなんだろう。ひとりでに考えていくことでもなく、誰かと話しているうちにフワッとでてきたりするし、かと思えば一人で集中している時に出てくることもしばしばある。インドにいるときはよく瞑想をしているのアイデアがどんどん出てきた。自分だけが面白ければよいという考えは僕にはないし、なるべく楽しいを共人と共有できた方が面白いことができると思うのが私の考えだし過去の経験から言ってその方が楽しい。To Doリストを作って片っ端からしていくことも楽しいときもある。やはり最終目標を掲げてそれに向かって一直線に突き進むのが楽しい。たまに周りのスタッフからのアドバイスが入るが、そこもありがたい。僕は出来るだけ突き進んでいたい人で、この一度きりの人生、自分に何ができるかと問いただしては迷い、頭を抱えそしてまた一歩進んではまた不安になりそして、また一歩進んではまた止まる感じ。この性格とても慎重に物事は進める方だが一度言ったら聞かなかったり、来た道を戻る事が非常にストレスだったりする性格は非常に難ありで厄介ではあるが、そんな自分が好きなのでそこも気に入ってはいる。しかし、なるべく周りにいてくれる人には迷惑をかけないようにとは思ってはいるがどうしてもかかってしまう時もある。
人は迷惑をかけ続けてしまう生き物だし、仕方のないことだけど人を泣かしてまで生きていこうとは思わないが、なるべく迷惑かけない方向で生きていければいいなという心はもっている。
一昔前、バイト先の先輩と話していて、その方は俳優の仕事をされていた。その方に、お前はこれからどうしていきたいんだ?と聞かれ僕は正直に、後悔したくない生き方をしたいです。と言ったら、後悔するかしないかなんて誰にもわからないし、お前はそんな守りの姿勢ではだめだ、もっと攻めて生きろと18歳の時に教えて頂けました。先輩はお元気かな。それからの僕は攻めた生き方をしてきていると思うし、時に攻めすぎて大けがをしてしまったこともあるが、こればっかりは後悔しているので、この点においてはあの先輩のいうことを聞けなかった。攻めすぎてけがをして迷惑をかけたのが身に染みて分かったし、自分も辛ければ周りも辛い思いをさせてしまったのを猛烈に反省している。
あの21歳の時の僕にあったらこういうだろう。攻めるのもいいけど人に迷惑かけるのは違うぞと。怪我は勲章でも何でもなくて、一生からだと共に付き合ってはいかなくてはいけない相棒を付けてしまったのだ。あれから15年がたち随分と大人になり周りも見えるようになってきてこう思のはあの時大けがをしていなければ安斎師匠とのユニット、sebitagenのHIZAという曲は生まれなかった。
いくら猪年と言えど猪突猛進はよいがもうすこし見渡しながら行ければいいなと思う。
あの時には戻れないのだから今をしっかり地に足つけて歩いていくしかないなと思うんです。みんな、無理しないで頑張っていきましょう。
あなたの大事な命、大事な命
時間は返ってこないが一緒に過ごしている時間は絶対だから。
とにかく、がんばりましょう。面白い事考えて実行していくかっこいい団体を目指しているんだから。